達成プロセス ケース・バイ・ケース〜part2〜
誰でもいきなり1000万円稼いでるわけじゃありません。納得の昇進パターン、意外なキャリアチェンジ、きっかけはさまざま。ここでは年収UPのプロセスと、ターニングポイントを実例で報告します。あなたと似た人もいるかも?

じっくり型とはいえ、自分の得意分野を見極め、雇用主である会社に「NO!」を言うあたり、かなり意志の強い人物とみました。自分の将来を見据え、たとえ評価が下がろうとも、そのとき最善の判断を下す。現在の企業人にもっとも必要なスキルなのであります。
「人が好きだから、何となく」。そんな気持ちでデジタル系クリエイターの人材派遣会社に就職したSさん。入社直後は、営業として企業の求めるクリエイティブや人材のタイプを知った。4年目(当時年収430万円)には、反対にコーディネーター職としてクリエイターに接することに。こうして企業側のニーズと、現在のクリエイターの環境を知った彼女は、「ビジネス感覚とクリエイティブがバランスよく求められている!」という考えに至る(ターニングポイント1)。しかし十分なビジネススキルは持っているものの、クリエイティブに関しては素人だったSさん。彼女の決断は?
7年目(当時年収600万円)を迎えたころ、彼女は思い切って退職。ウェブデザインの専門学校へ通い始める(ターニングポイント2)。短期間にある程度の技術と知識を身に付けるためにはこれが最善と考えた。卒業後は、自分の勤めていた人材派遣会社に登録。企業に何が求められているか?を知る彼女は、あらゆる企業からひっぱりだこ。転職後の3年で年収はぽんぽん上がり1000万円を優に超える。現在もウェブマスターとして活躍中だ。


国内の金融大手企業に勤めていたM氏、国立大学法学部卒の鳴り物入りで入社し、会社の期待も大きかった。それに応えるように次々に実績を上げ、新人20名の中でもトップクラスの成績を残す彼であったが、3年後の年収は550万円。思うように給料は上がらなかった。「確かに会社の業績は順調とはいえない。でももう少しもらってもいいはずだ」。そう考えた彼は、人事に配属されていた同期の友人に探りを入れた(ターニングポイント1)。すると「ウチは部長クラスがごっそりもらっている。上司のために部下が成績を上げているような仕組み」と聞かされ大ショック。「評価」イコール「お金」と考える彼は即刻転職を決意。
選んだのは、同業である外資系の金融コンサルファーム。変わらず成績を上げ続けた彼は、27歳のときに15億円規模のファンド組成を担当(ターニングポイント2)。同年に年収1000万円超え。実績を即給与に反映する実力主義が心地よかった。その後も順調に大きな仕事をまとめている彼だが、プライベートの時間を持てずに疲労感を隠し切れないよう。また、一つの失敗をきっかけに、会社を去る同僚が後を絶たないことも悩みの一つだという。
これまで挙げた6つのケース、レアなようですが年収1000万円を手にできるのは一握りというのが現実。みんなそれぞれ何かしらのターニングポイントを迎え、それを逃さず自分のキャリアを積み重ねているのです。今の仕事に無駄なことなど何もありません。身に付けられることは余さず身に付け、次のステップへ踏みだすことが何よりの得策といえるようです。





自他共に認める「じっくり型」のN氏、新卒入社の不動産販売会社では営業職に任ぜられたが、ここでは鳴かず飛ばず(当時年収400万円)。会社からも見限られ5年の後に、その会社では日陰の存在といわれた審査部門へ異動(ターニングポイント1)となった。しかし不動産関連の法律を身に付け、各案件を調べるにつれノウハウは急増! トラブル含みの難案件も、営業に同行して解決するほどのスキルを身に付けた。それから3年、部長直々に法人営業部にカムバックのオファー。年収UPのチャンス。その後のN氏のキャリアとは。
「じっくり型」の本領発揮か、答えは「NO!」(ターニングポイント2)。ここでやめるのは中途半端な気がしたという。結局10年間を審査部で過ごした。相変わらず勤勉なN氏がある研修会で発表したレポートが注目を受けたのはその直後。社外からの講師依頼や助言を求める声が相次ぎ、不動産コンサルティング会社を立ち上げるまでにそう時間はかからなかった。同時に彼の年収はサラリーマン時代の何倍にもなった。